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  • fcsakai2

「母のこと」

昨年、実家の母から電話があると、必ず、「私、死ぬまでにもう一回黒部立山アルペンルートに行きたいねん。」と言った。「あんたは忙しいから、だれか誘ってみるわ」「誰もおれへんかったら一人で行こうと思ってるねん」と続く。もう何回も聞いた。

80代半ばを過ぎても母は元気で、毎日自転車に乗ってあちこちしている。母が一人で暮らす実家は自営業なので、弟夫婦が平日は毎日来てくれるし、量は減ったが母も仕事を手伝っている。もしかしたら車生活の私なんかより足腰は達者かもしれない。だからつい、いつまでも元気でいてくれると思ってしまい、気がつくとずいぶんご無沙汰していることがある。時折、母の方から私がどうしてるか心配だと電話がかかってきて、「いやいやそれは逆やん」、って思う。母の前では私はいつまでも娘である。

仕方ない、「旅行、まだ空きがあるようだから申し込もうか」、と告げたら、「ほんまに、うれしい。」と喜んでくれた。本当は一緒に行こう、連れて行って、と言いたかったんだよね。私の足腰の方がツアーについていけるか心配だし、旅行の前後は仕事が入ってる、が、私は母と初めての二人旅に行ってきた。

母は私と弟をとても大事にしてくれた。特に私が産まれた時、母は「こんな可愛い子が私から産まれるなんて信じられない」と思ったと言う。客観的に見て私は別にたいして可愛くないが、母は今でもその時の気持ちを持っているようだ。私にも娘がいるが、娘は「普通おばあちゃんは孫をかわいがるものだけど、うちのおばあちゃんは私たち孫より、ママとおじさんの方が可愛いって思っているよね。」と言う。孫のことを可愛がってくれているように見えるが、孫たちはそう感じていたようだ。

私が今まで生きてきて、いろいろなことに挑戦したり、頑張ってこられたのは、私の底にある根拠のない自信みたいなものがあるからかもしれないと思うことがある。その根拠のない自信は、母から寄せられた無条件の愛情に裏付けされたものではないかと思う。母は、早くに実母を亡くし継母に育てられた。結婚してからも義父母、義弟、義妹との同居でとても苦労した。夫は職を転々として借金を重ね、すぐキレて怒鳴りつけるモラハラ夫である。それらをずーっと私は見て育ったし、母の愚痴もずっと聞いてきた。母ができなかったことを私に押し付けていると思い反発したこともあったけれど、最後にはいつも母は私を尊重してくれた。父が亡くなり、80代になって母はやっと自分の思うように生きている。これから母が元気でいる間だけでも母と二人でどこか旅行に行ったりおいしいものを食べたりすることができればいいと思っている。

お母さん、旅行楽しかったね。 (Tak)



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