「歴史は未来のために学ぶ」
- fcsakai2
- 16 minutes ago
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高校2年生の時の担任が世界史の先生だった。
多分最初の授業で「歴史を学ぶのは未来を考えるため」とおっしゃったことを覚えている。
歴史と言えば「過去のことを学ぶ」ことだと思っていたのに、「未来を考えるため⁈」と感じ、印象的だったからだろう。
マグナ・カルタや、フランス革命、詳しい内容はほとんど覚えていないけれど、ごく一部の人ではなく、少しずつ多くの人々が権利を獲得してきたプロセスが世界史と言えるのかもしれないと思う。
もう一つ、最近よく思い出すのが、大学で社会科の教員免許を取るために取らなければならなかった法律関係の単位を、取りやすいと言う情報を聞いて取った社会保障法。これも具体的なことはあまり思い出せないが、私たちは社会保障で、いろいろな面で守られている制度があることを知る事ができたのに加え、「先人が勝ち得てきた社会保障をその意義をよく考え、充実させていくべきだ」、というようなことを言われたことが、私の中に大きく残っている。(先生の名前とか全く覚えていないけど)
今の日本の社会で、これらの言葉を思い出さざるを得ず、本当にそうだという思いを強くする。
AI君によると、マグナ・カルタは「貴族などに強制されて認めた王の権力を法で縛る大憲章」で、法の支配や人権思想の出発点になった文書とのこと。(日本の憲法もそういう権力を縛るものである。)
当時の貴族たちが自分たちの権利を王から守ろうとするもので、徐々にその対象者の範囲が拡がってきたが、女性や米国における黒人の人権が認められるのは近年のことになる。
朝ドラ「ばけばけ」を観ていて、明治の初期、社会保障の無い社会の過酷さを感じた。
困窮すれば、親が娘を売ると言うことが公然とあった社会が1945年までこの国にあったことは「虎と翼」でも描かれた。
残念ながらいまだにそういう感覚、考えを持つ人々がいると感じることもある。
憲法で性別による差別は否定されているが、法の整備が追いついておらず、夫婦別姓がいつまでも認められない等、停滞、逆行するような状況すらあるように思える。
歴史を、過去を正しく学び、人権を尊重し、人々の権利を保障できる社会を作っていこうとする社会であってほしい。
権力を持つ者が自分に都合の良い社会を作る時代は終わったと思っていたのだけれど、世界を見てもどうもそうでもないようだ。まだまだ途上であり、逆行すらあることを突き付けられている。
戦争なんて一部の人が利益を得る愚かな行為で、人権を最も損なうもの。
戦争をやめて、支え合い、協力して、すべての人が安全に、安心して暮らせる世界をつくっていこうとする社会であってほしいと願う。願わなければ叶うはずもないのだから。 (彩)




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