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「地図のない旅を歩いてきた」

  • fcsakai2
  • 17 hours ago
  • 2 min read

人生は台本のないドラマだ。

地図のない旅だ。


DVという言葉も知らなかった私は、2001年にDVから逃れた

「DV」で検索すれば「DVD」ばかりがヒットした時代だった。

検索エンジンなんていうものの存在も知らなかった。

当時は「PTSD」なんていう障害も、広くは知られていなかった。


2003年頃だろうか?私は、フェミニストカウンセリング堺に辿り着き、今まで居ついている。

何故だろうと考えてみると「居心地がよかったから」だと思い至った。

私は、カウンセラーでもクライアントでもない、ただの一受講生にすぎなかった。

そんな私が「離婚裁判」を闘っていたとき、絶賛応援してくれたのがフェミカン堺だった。


当時は、商店街で「どれみふぇ」という喫茶店も開いていて、そこでも集会やら署名活動やらを助けてもらった。先日、30周年パーティで懐かしい人たちに再会して思い出した。


今年のフェミニストカウンセリング学会の全国大会は福岡。

2004年の福岡大会では、DV被害当事者として分科会も持たせてもらった。

その後、裁判に提出する「カウンセラー意見書」も入手した。


「DV」も「PTSD」も裁判官は知らなかったのだろうと思う。

地図のない闘いに挑む私を支えてくれたのは、フェミカン堺だった。

私は数々の専門家意見書を携え、裁判官を説得した。


地裁では画期的な判決を得た。


高裁は、それを覆した。


高裁以上の判決は、あとに続く判決に影響を与えるからだろうと思っている。

最先端の「DV」と「PTSD」。

そこにどんな「判断」をくだすかのせめぎあいがあったのだろう。


あれから四半世紀。裁判所の理解は深まったのだろうか?


4月から共同親権なんていうものまでやってきて、裁判所は更に混乱するだろうと予想している。

まるで、自転車用の道路などないのに、「車道を走れ」と言っているのと似ているな、と思った。

整備が追いつかないまま、法律だけが施行されていく。その中で、当事者は今もまた、地図のない道を進んでいる。


進む先を悩んだとき、フェミカンは、道標になるに違いない。



 
 
 

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