中学校か高校か忘れたけれど、家庭科の授業で「ライフプラン」を考えるというのがあった。何歳で就職して、何歳で結婚して、子どもは何人で何時頃生んで、みたいな。
当時のことだから、小学校以外は家庭科は女子のみだったし、結婚して、母になることを前提としたような授業内容だったのかどうかは記憶にない。結婚しないというライフプランを立てることも出来なくもなかっただろうとも思う。私はどう書いたのかも記憶はない。ただ、何歳で、なんて結婚なんかは相手も要るのに分からないよな、くらいは思ったような気がする。
大人になってからは、そういうのは保険の勧誘プランのパンフレットで何度か目にしたように思う。
自分の人生に何のイメージ、プランがないよりは、希望を持ち、夢を持ち、それに向けてライフプランを考えていくことは大切なことなんだろう。でもプラン通りにいかないことの方が人生には多いんだよ、そんなことを考える機会があった。
少なくとも結婚は1人では出来ない。子どもだって欲しいからと言って思い通りに妊娠できるかどうかなんて分からない。私の時代は、最初の就職はこだわりがなければ、何とかなったかもしれないけれど、非正規雇用者が増えた現在では、正規雇用の就職はむずかしいことも多い。
ライフプランとして「何歳で○○」などとわざわざ表に書きだすことは授業とか以外ではあまりいなくて、漠然と考えている人がほとんどだろうと思うが、自分の人生を、立てたプラン通りに進めたいと考える人もいるだろう。「自分の立てた計画なのに、計画通りに出来ない私はダメだ」とか「計画遂行能力の無い人間は能力が低い」とかの思い込みを持っていたりして、しんどくなる人もいるかもしれない。
「私はいったん始めたことを途中でやめるのは嫌なんです」と言った人がいた。それが本人にとってつらくなければ全く構わないのだけれど、つらくなっているのにやめられないとかだったらやめてしまっても構わないのになぁ、と私は思った。親か誰かに「やり始めたことは最後までやりなさい」って言われ、それを守らねばならない教えとしてとして取り込んじゃったのかな、とも。(まあ、そういう人は周りにまでそれを求めたりしがちなので、そのせいで周りがしんどくなったりしたら「本人が良ければ、全く構わない」とも言えなくなる。)
人生なんて、計画通りにならなくて当たり前なんだから、正しく立派な人生でなくてもいいんだ、自分が生き易い人生でいいんだよ。
いろんな人がいて、失敗もして、自分の愚かさも知って、プラン通りの迷いのない正しい人生より、そんな人生の方が味があるんだよ。
かつて思っていたような立派な人にはなれかったけれど、それが生きるってことなんだよ、とさえ思う。
「もっとしなやかに、もっとしたたかに」そんな映画のタイトルがあったな、とふと思い出す。
(彩)
Comments