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***それぞれの母娘かんけい***

ちょうど一年前に90歳の母が亡くなった。母の生前、施設にいる母と遠方の二人の姉と私で、スカイプを通して時々やりとりをしていたが、母の死後も月一回程度、姉たちとスカイプを使って、CR(コンシャスネスレイジング)のようなことをやっている。その中で、母の話題もしばしば登場してくる。つい先日のやりとりの最後は「おかあさんは3人の娘それぞれに、じょうずに使い分けていたんだね~」ということで納得しあった。

 長女は母が20歳の時に産まれた子どもなので、母としては戦争の影響もあったが、若くして母親になったため青春というものを味わえなかったという思いがあったのだろう。時折母は長女に「あなたがいたから、若いころにやりたいことができなかった」と言っていたらしい。言われた姉にしてみたら、“そんなこと言われても”ということになる。母は言わずにおれなかったのかもしれないが、一番言わない方が良いだろう人に話していたと思うが、長女には若い頃の愚痴をよくこぼしていたようだ。

戦争や貧困などいろいろな事情からかなえられなかった母の夢を託された形で、次女はその専門の道へと進み、今も生業としている。次女は、それが自分にとって生きる糧になっているので今となっては母に感謝しているというが、そこにいたるまでには苦しみや葛藤もあったようだ。

 私はというと、母と同じく夫と離別する形でシングルマザーになったこともあるかもしれないが、仕事と子育てをする私に母は献身的に協力してくれた。まだ子どもも小さく、体調も崩しがちな私の大変な時期をサポートしてもらったことへの感謝の気持ちは大きい。高齢になるにつれ身体が弱り医療や福祉サポートが必要になった母が、自分から施設に入ることを決めたのも、私への配慮が大きかったように思う。ありがたいと思う一方で、私の中にあるどうしようもない罪悪感はまだ消えていない。

 FC堺では定期的に母娘かんけいのグループが開催されており、私もそこに参加している。そこでは、母親との葛藤がそれぞれその人自身の言葉で語られて、グループの参加者みんなで共感しあう。他では語ることの難しい母親への複雑な気持ちを自分の言葉で語り合うなかで、私もいつか自分なりの母親との決着のつけ方をみつけていければと思う。


                               **うーぱ**



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